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元は酒屋さんだった古いお家に、一枚ののれんがかけられたのは、10年くらい前のこと。そこから波紋が広がるように、一軒また一軒と増えつづけ、今やその通りぞいにはのれんがかかっていない家は見当たらないほど。風にゆれるのれんは、まるで道ゆく人に手をふってくれてるみたいです。 |
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“のれんの町”として知られるようになった勝山の街並保存地区ののれん作りを一手に引き受けているのが、「ひのき草木染織工房」の加納容子さん。この町で最初のお客さんが、今は街並保存を応援する会会長の行藤さんでした。「ちょうど彼の奥さんが、素通しのガラスの前で仕事をしていて、陽がまぶしいとおっしゃってて。カーテンもブラインドも“来るな”といってるみたいで、何かないかなと思ってたところに、うちののれんが目に入ったそうです」。加納さんが染めた春夏秋冬ののれんは、すぐにご近所の評判に。お隣の方が“うらやましい”といえば、“うちも古い家で似合うから”なんて声が次々に寄せられて、その数は今や80軒。「町ののれんはすべて違うデザイン。手仕事だから同じものを作ってといわれても無理なんですけど(笑)」。町内を含めて、加納さんが染めてきたのれんは2000枚にもなる。四季の色合いや屋号の意匠…家々の玄関で、いろんな表情が迎えてくれます。 |
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旧出雲街道に沿うこの辺りは、昔の高瀬舟の発着の最北端。明治までは材木商が出入りして、にぎわった街も、交通が整備されるにつれてどんどん生気を失っていったのだそう。それが今は、近くにある湯原温泉に行くお客も噂を聞きつけて、街並を楽しんでいく人が多い。「観光の方が見に来るようになって、自分の家をきれいにしようと、みなさんの気持ちが変わってきましたね」と加納さん。玄関先で眺めたり、触ったりしていると、町の人が中から出てきてお話がはじまる。そんな光景が当たり前になったのは、のれんの意外な効用のひとつ。文字どおり、町と人の風通しをよくしてくれたみたいです。 |
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「さえぎってるけど、行き来ができる。
のれんは日本独特の不思議な家具。最近はロンドンでも流行っていて、ときどき注文が来るんですよ」。看板にもなり、目隠しになり、それでいてちょっと入りたくなる気を起こさせる。加納さんに注文される方も、のれんの使い方はほんとうにさまざま。洋風のお家でも、ドアを開けておきたい夏場の玄関に、壁にかけてタペストリーに。衝立てにかけてお客さんに見せるという使い方も。「どこにかけるかで同じ色でも合う、合わないが出てくるので、必ず家の写真を見て考えます」という加納さん。全国からの注文にくわえて、毎年、3月の「お雛まつり」の前はのれんの新調が多い時季。爽やかな春の陽射しを浴びてそよぐ新しいのれんは、見ていても気持ちいいものです。 |
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一枚の布がこんなにも町を潤すなんて、加納さんにとっても予想しなかったこと。でも、のれんは偶然その役を果たしたに過ぎない。「勝山がいいのは、古い町に人の息づかいが感じられるところ。新しい家を建てずに古い建物を生かして、そこにのれんをかけて下さっている町の人に感謝しています。ほんとうの宝は町の人です」。実は、加納さんの工房も築242年を数える旧家。大きな釜が残る台所も明治の頃のまま、冬は土間の床が足下から冷えてきます。「祖母も母も長いことここで暮してきたけど、子供ながらに、一度もこの家の文句を聞いたことがなかったんですよね。家と人が仲良く暮していくにはどうしたらいいのかを考えないと、古い家ってどんどん無くなるんですよ」。のれんとともに、そこに暮らす人がいてこそ、時を重ねた町もいきいきとした姿を保っているんです。「のれんは工芸品のひとつ。使ってもらって何ぼだと思います。ぼろぼろになって、家庭の愛着品として残っていくのはうれしいこと。この家も同じですね」。 |
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